太陽光発電ムラの一同、「石油王の館」へ

太陽光発電ムラ
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(「太陽光発電ムラ・新潟合宿の懇親会がどんなものか知ってほしい」の続き)

太陽光発電ムラ・新潟合宿の土曜日は2次会で早々にダウンし、日曜日も朝8時半近くまで寝ていた。宿の仲居さんからは、朝食は7時~7時半でお願いしますと言われていたのに(汗)…

といっても、客だから流石に朝食抜きといった厳罰までは喰らわされなかった。ということで、ノコノコと階下まで下りて行き、バイキング形式の朝食を有難く頂く。

日頃自宅では朝食はパンばかりなので、お米のご飯が嬉しい。おかずも好きなものを好きなだけ食べられる。エネルギーを充填したあとは、少しだけ時間があったので、やや慌ただしくはあったが、急いでもう一風呂浴びておくことにした。

当初この日の予定は特に無く、チェックアウト後は自然解散…みたいな流れが想定されていた。だが、事前にAさんから「次の日はどうするんですかね?」みたく問題提起されていたこともあり、この午前中に紅葉と日本の石油王の博物館があるという「中野邸美術館」にオプションで行くことになっていた。

(ちなみに、オプションの案はもう一つ、どこかの寺で「座禅体験」という案もあったのだが、さんざん飲んだ次の日に座禅はいかがなものかと思ったので、紅葉にさせて頂いたのである。)

一般の入場料は一人700円のところ、団体だと600円ということで少しだけ得して園内に入る。

新潟・中野邸美術館の紅葉

聞いていた通り、確かに紅葉がかなり見頃となっていて、久々に紅葉狩りも悪くないなと思った。

そして、紅葉と並ぶもう一つのアトラクションである「石油王の館(石油の世界館)」。

石油の樽(バレルの語源)

ドラム缶や4L、20Lの缶@石油王の館

油性に立てる櫓@石油王の館

石油の技術+窓の外の紅葉@中野邸美術館

太陽光発電ムラなのに、なぜ石油=化石燃料なんだ?という突っ込みを入れられると少し困るのだが(汗)、エネルギーというもう一つ大きな枠組みで捕えれば、今回の新潟合宿の一環としては悪くない選択肢だったと感じる。(太陽光発電も石油も、太陽の恵みである点では同じ。)

今回、何年かぶりで久々に新潟に来て、実は新潟ではかつて石油がかなり取れて、それによって財を成した日本人の「石油王」がいたというのは、新たな発見というか、ちょっとした驚きだった。確か、まだ中学の社会科か高校の頃の日本史だか地理かで新潟で天然ガスとか石油が取れたといったおぼろげな知識はあったと思うのだが、その認識を新たにすることが出来た訳だ。

石油王の館を見学する太陽光発電ムラのメンバー

とはいえ、その日本の石油王、中野貫一氏は最初に多少の石油が出てきた後、商業規模の油田を掘り当てるまでに、なんと29年もの歳月を費やしたそうである。

油井を掘る機械@石油王の館

油井掘削用のビット@石油王の館

その苦労は報われ、当時の二大石油会社であった日本石油、宝田石油に次ぐ大産油業者に成長し、早山石油、新津石油、旭石油(その後合併により、現在の昭和シェル石油になる企業群)、大協石油(現・コスモ石油)などに原油を供給して財を成し、「石油王」と呼ばれるまでになったということだ。

残念なのは、彼の油田が第二次世界大戦でほぼ枯渇、明治36年に成功した機械掘り3号井が少量の湧出を続けている以外には、産業としてはほぼ終了してしまったことである。

それにしても、日本で石油が産出され、それが国内需要の3分の1を支えていたこと等も今回初めて知った。日本にももっと大きな油田があったら、先の世界大戦に巻き込まれることも、米国に占領・統治されることも無かったかもしれない・・・

そんなこんなで、中野邸の紅葉鑑賞と石油王の館の見学を終え、その後にダシ茶漬けの試食が出来るお店に寄ったりなどしつつも、やがて新潟駅へと向かい解散とあいなった。

その後、前日相当に飲み、午前中はグロッキー状態だった過積載番長が運転するクルマで首都圏へと戻り、早くも一週間が経つ。

明日(11/15)は千葉県我孫子市で、「Tigo Energy」のモニタリング取付・見学会(+懇親会@柏)に参加する予定である。コメント経由でTigo Energyに関する質問なども頂いていたので、Tigo Energyを導入する「ねぎソーラー」の現地では心して見学・取材に臨みたい。

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